コラム:仮想世界やメタバースについて

コラム:仮想世界やメタバースについて

今日は、いわゆるヴァーチャルな世界についての感覚をシェアさせていただこうと思います。

ヴァーチャル、つまり仮想世界。そこには、ソーシャルメディア、ゲーム、メタバース、オンラインコミュニティなど、多様な形態が存在します。もっというと、仮想インフラも含まれます。

現在、テック・ジャイアントはこぞって「メタ」な世界を独占し、支配する作戦を実行しているようですが、どのようにこの現象を捉えていらっしゃるでしょうか。

筆者は、テクノロジーに関してはニュートラルです。ただ、そのテクノロジーをどう扱うかについては非常に氣にします。時空を超えて関係性を多次元的・多角的に観る必要を感じます。

テクノロジーは可能性です。

よって、新しいテクノロジーを否定することは、新しいアイディアを否定することと同じです。もっというと、新しい可能性や創造性を殺すことにもつながっていきます。

しかし、未熟な精神レベルで新しいテクノロジーにのめり込む。そこに、とても巨大なリスクがあると感じています。そういう未来を視ると、それはディストピア牧場です。

先ほど、メタな世界の競争について触れました。

それはまるで、音楽でいうメジャー・レーベルとインディペンデント・レーベルの相似象にも感じられます。

今までの歴史をおさらいすると、創造性を発揮しているカウンター・カルチャーやオルタナティブな文化は、結局の所どんどんダイナソーに吸収され、大衆化されていきました。

これは、文化が文明化するともいえますし、二元性の世界で振り子が揺れているだけと表現することもできます。カウンター(対抗)とはそういうことです。

古風な表現では、イザナギが意を発してイザナミの反映によって識を得る(意識)プロセスのなかで生じる「禊祓」のステージになるでしょうか。

カムロギ、カムロミの世界は次元が異なりますが、それが今この世界の水面下で起きている意識レベルのイベントです。

具体的には、この社会で、知識人たち、市井の賢人たち、國體奉公衆と呼ばれる集団が遂行している任務だと感じます。

要は、これまでの文明の仕上げです。

よって、ヴァーチャル世界の様相は近いうちに禊祓いが起きると視ています。これは、経済・市場原理の話ではなく、時空を超えた多極化の世界で「どの道を選択するか」という意味です。

少し話は脱線します。

今朝、あるインスピレーションを得ました。それは、文化というのは言語化できない要素を多分に含むいわば粗い様式。言語化され、体系化され、論理的に説明が可能になればなるほど、それは文明の様相を呈するようになる。

これが、クリエイター・エコノミーとテック・ジャイアントの関係に近いです。

ここに重要なポイントがあります。

それは、地上文明における現在のバージョンから乖離することのメリットとリスク、そしてそのバランスです。テクノロジーも選択も、諸刃の剣であり、その剣を振るうのは私たちです。

つまり、文明というプラットフォームから考えていくことになります。

ここから、個人的な見解を述べます。

筆者は、仮想世界で創造性を発揮すること自体は面白いと感じます。仮想技術の研究開発に従事していたこともあります。あらゆる仮想技術は非常に興味深い世界のフラクタル構造です。

それは、遺伝プログラムの表現であり、社会構造のミラーリングともいえます。

次に、肉体や惑星と(さらに)乖離した環境でエコシステムを構築することのメリットは、論理領域での文化・文明創造の訓練にあります。

これまで地上で滅んだ文明というのは、論理領域に引き上げられた結果ともいえます。つまり、物理領域で検証されて、あらゆるデータを蓄積し、不可視の領域に引き上げられているのです。

すなわち、物理的ハードウェアの世界から見た場合「純粋なソフトウェア領域に進化した」ということも可能です。なので、物理の世界だけを観る考古学ではわからないことだらけです。

そう考えると、地上人類がある時期からデジタル化され、情報を電磁的環境に保存するようになったことは非常に興味深いです。ここにもメリットとリスクが存在しています。

まとめると、メタな世界で「無から有を創造する」というトレーニングができることを意味します。そして、現実にそうなっているので、ダイナソーがエコシステムに目をつけています。

いえ、実際はそうではなく、むしろ、それをよく知っている「ダイナソー」なので、そのように仕向けているともいえます。

一方、現在の支配構造と経済プラットフォーム上で展開されるメタな世界は、より強固な「支配ツール」となります。戸籍や法人などというオブジェクトは、すべてそのシステム内にあります。

よって、どうしても切り離せないだけでなく、銀河システムの仕様上、ベースオブジェクトの性質を継承していくことになります。

これが「文明の禊祓」を必要とする理由です。筆者の個人的な見立てでは、80%が統合されず破棄され、20%のエッセンスが新文明に持ち越されると視ています。

加えて、地球や地上文明を含む、あらゆるプラットフォームにはマトリョーシカな「集合意識」というものが存在します。

それは量子レベルの世界ということもできますし、現実世界に近くなればなるほど電磁場との相互作用が強くなってきます。つまり、可視世界への投影と体験です。

ということは、プラットフォームは集合的合意、集合的無意識、集合意識などを含むということです。もっというと、世界や次元を構成する意識です。

そのプラットフォーム意識が、現在の支配構造に載っていて、様式と形態が継承されているかどうか。これが非常に重要なポイントで、考察に値すると感じています。

文明をどの方向に持っていくのか。その選択にダイレクトに影響するからです。

そしてそれが多極化と筆者が表現しているものであり、どの並行現実が強められ、集合的な基本現実にマージされるのか。経済戦争、情報戦争の本質はそこにあります。

よって、筆者はメタな世界を「チャネル」として捉えることにしました。あるメタバースを集合意識と捉え、そこに接続したい、接続する必要を感じた時だけ、そのチャネルを使う。

先行者利益など、競争をベースとしたモメンタム(勢い)からは距離を置く。FOMOに惑わされない。必要が生じた時は、接続せざるを得ない状況、もしくは接続したい状況が用意される。

そのように方向性を決定しました。

銀河文明というベースプラットフォームが優先され、新しい文化を地上文明にインストールする。それが優先事項で、その上で分散化した集合意識に接続したい時だけチャネルに接続する。

そんなイメージです。

これがエシカルワークスが「Culture as a Service(CaaS)」をミッションに掲げていることにつながっていきます。より分離と乖離を深めないように、ベースを整えてから、文化のエンドポイントとして接続する。

それが、エシカルワークスとして考えている仮想世界、仮想技術とのつきあいかたです。

今週、文明の分離と乖離に関するシステム解析をポッドキャストで配信しました。暦、時空の概念、音場、電磁場から考察しています。ご興味ありましたら、ぜひ聞いてみてください。