チートをデザイン:複利となる自動化へ投資

チートをデザイン:複利となる自動化へ投資

今日は「チートと自動化」について、明確にしたいと思います。

結論は「大きな意志力が必要な変化は、最初にユーザーの意志力だけ発揮してもらえばいい」というのがチートです。あとはプロダクトにやってもらえば働かなくていい。

ゲームでいう、復活の呪文やチートコード

趣旨は「自動化を、ベーシックインカムや不労所得と捉え、投資していく」こと。超重要なトピックです。好きなことそれ自体で稼げなくても、自動化が稼ぎの一部を担ってくれるワケです。

チートにまつわる罪悪感

結論:チートは罪ではない

ラクを極める、アプリ起業・自動化

ミッションとして「ラク」を掲げるということは、チートが重要だということです。チート(ズル)するというのは、みんなが苦労している部分をスキップする、ということですから…

働かざるもの食うべからず!

のような、批判や罪悪感がうまれるポイントでもあります。そこに「わだかまり」を感じていらっしゃるようであれば、このまま読んでみてください。

わたしたちが「チート」に感じる、わだかまり、罪悪感、怒り、などなど。これまでの時代、労働と支配が文明の基礎みたいなものでしたから、ムリもありません。

その証拠に、いくら機械化が進んでも、自動化が進んでも、ニュースやムック本で「何千時間の削減」とうたっていても、現場はぜんぜんラクになっていません!

ラクを嫌うモノの正体

本質:チートできない理由

本質的かつ裏の問題は、こうです。

自由に創造性を発揮されると統治できない。一部の理想社会(ユートピア)をつくれない。だから、みんなから創造力を奪って、依存体質にしておく。という計略があるように思います。

ここが「ディストピアは、ユートピア」と筆者が感じる理由です。

とはいえ、一部の勢力にとっての理想社会も「持続不可能な文明社会と環境問題」によって、ユートピアできなくなっています。

2016年にトマス・モアの「ユートピア」を台湾の墾丁(ケンティン)で読みました。そのユートピアとは、カンタンにいうと、奴隷制をベースとしている古代ギリシャと、アトランティス伝説を統合したようなものでした。

奴隷制の社会構造と、植民地制の文明構造を統合した理想社会を、ユートピアと表現しているような感じです。

これは、奴隷からしたらディストピアで、統治者からしたらユートピアです。それを今の世界で達成しようとしている動きが感じられます。監視社会と依存体質が、端的な表現です!

現代の統治手段が、経済、思想、暴力(警察力)であることからも、よくわかります。

罰がベースの文明社会なのです。それが、今、人々の目覚めで、世界の覚醒で、変わってきています。思想を宗教と置き換えると、罰は「原罪」です。カラクリの底(MAD)が視えてきます。

チート = 起業 + 投資

根拠:自動化は起業型投資

額に汗してパンを食べる。労働という罰。税金という枷。

しかし、世界は揺れ動いています。判断力とサービスに課題ありありな、政体プラットフォームへの不信感も爆発しています。

果たして、それら「レガシー」プラットフォームがベーシックインカムを提供してくれるまで、わたしたちは待つのでしょうか。

誰かがなにかしてくれるまで、じーっと待っているのが低リスクでしょうか?

私はそうは思っていません。ゆえに「ノーコードで自動化、ローコードでデジタル化」を提唱しています。しかも、低コストで小さくスタートアップ式にできる不労所得アプローチだからです。

いってしまえば、起業と投資が一緒になったチートなのです!

確かに、XTECHのムック本、ノーコード・ローコードのケーススタディは大手企業ばかりで、わたしたち個人には関係ないかもしれません。また、会社員であれば、削減された時間は別のシゴトにあてられます。

自動化担当、情報システム部の事情はもっと複雑で、裏舞台はメンテナンスで追われていたりします。これが、前述の「ぜんぜんラクになっていない自動化」を指します。

では、どうすれば、その苦しみの螺旋から解かれるのでしょうか?

それが、チートなのです!

ミニマム実装 = 複利

行動:ミニマム実装と複利

冒頭で、こう書きました。

結論は「大きな意志力が必要な変化は、最初にユーザーの意志力だけ発揮してもらえばいい」というのがチートです。あとはプロダクトにやってもらえば働かなくていい。

大きな意志力。それは、いってしまえば「トリガー」です。行動変容の「キッカケ」です。そして、ノーコード自動化という文脈でいえば、トリガーとは自動化を起動する「イベント」です。

多忙でストレスの多い毎日。大きな意志力と膨大な労力を同時併用するのは「罰」のようなものではないでしょうか?

その上で、ラクになれないデジタル化に追われているのなら、それは「賽の河原」というしかありません。それは、ベーシックインカムや不労所得の「対極」にあるものです!

今の自動化が痛みを伴いすぎなのは、現行作業をそのままデジタル化しようとしているからです。

小さくシンプルな自動化は複利です。雪だるま式にラクになっていきます。いきなり大きくやろうとするから、一攫千金を狙おうとするから、刹那のイベントで終了してしまうのです。

小さく、実用最小限の自動化で、実用最小限のアクションでチートしましょう!

前回の記事「ラクを極める自動化:デザインで注意すること」では「なぜ、その自動化は失敗するのか?」という重要なトピックを分析しています。こちらも、参照いただけると、幸いです。

We Can Help You!

お問い合わせ、ご相談、お待ちしております。