創造性の発揮:集合意識のブロックを多次元で解決

創造性の発揮:集合意識のブロックを多次元で解決

今日は「私たちは、なぜ創造的に成功できないのか」という、重要なテーマを考察します。

誰もが自分が気づかない潜在能力を持って、天才としてこの世に生まれ出るのだが、学校教育と伝統によって凡人になっていくのである。

これは「クリエイティブ」の処方箋という本の124ページに書かれていたコメントです。

たまたま、鹿児島市の書店で見つけたのですが、刺激的で示唆に富んだ本です。毎朝、少しずつ読みながら、脳内物質をスプリンクラーしています。

この言葉は、結論の「半面」を端的に説明しているように思います。

巨大な違和感の正体

結論:巨大な違和感の正体

最近、かなり大きなフラストレーションを感じています。

それは、教育、伝統、ビジネスの「ありかた」や「信念体系」のようなものです。

例えば「教育とは、こうでなければならない」とか「大学を卒業していないと、教養が云々」などがそうです。

伝統ということになると、伝統に反するアプローチはダメだとか、血統主義とか、秘伝主義のような優生主義的アプローチがあります。

ビジネスでいうと、マニュアルやサポートの提供方法、マーケティングのメッセージなどがそれにあたります。とにかく、たくさん提供すれば良い、という考えかたもそうです。

見渡す限り、みんなが同じことをしています。そして、同じ問題に苦しんでいます。差別や、二極化や、貧富の差や、持続不可能な外部性の問題など、例をを挙げればキリがありません。

同じことを同じようにするから、絶えず争い、平行線をたどり、状況を変えられないのではないか、という巨大な違和感であり、仮説です。

トレースの落とし穴

本質:トレースの落とし穴

ミリオネアの真似をすれば、ミリオネアと同じように成功する。

おそらく、これは真実です。正確には「真実の側面がある」と思います。

しかし、サブプライムショックとコロナショックを比べるのが適切でないように、ミリオネアの過去の成功要因と、現在の私たちの成功要因は異なります。

特に、環境要因です。

過去のミリオネアの成功をトレースするということは、持続不可能な部分もトレースすることになります。

私もここ5年位実験してきて、どうもシステムとしてグチャグチャになってきたところがあります。もちろん、私のアプローチが中途半端だったり、解釈が間違っている可能性もあります。

バイアスをなるべくかけずに素直に実行する。とにかく、これを文字通り死ぬほどやってきたわけですが、やはり何かがおかしい。そう、感じます。

無視されている側面

課題:無視されている側面

最近、大量の内省と行動を繰り返す中で、自覚したことがあります。

一般的な成功者のマネは「正の側面」のみにフォーカスされており、同じ大きさだけ存在する「負の側面」に触れていないということです。

一般に、これをヒトコトで「外部性」などと片付けてしまうわけですが、どうもおかしい。

なぜ、みなが同じ問題に苦しみ、同じマーケティングを行い、拝金主義に傾倒するのか。これは、精神的進化が足りないのか。文明の転換期を感じていないのか。問題解決をあきらめているのか。

自分の苦しみをモチーフに、さんざん考えました。6、7年くらい行動しながら答えを探しました。

どうして、私たち人類は、集団になると暴力的なのか。どうして、狂気的な問題が解決されないのか。奪い合うことをやめようとしないのか。

考えるほどに、どんどんネガティブになっていきました。

システム思考と文明

分析:システム思考と文明

カバラも、錬金術も、言霊学も、哲学も、スピリチュアルも、シャーマニックなアプローチも、ビジネスも、成功者への師事も、大量の読書と適用も、情報商材への投資も、世界を移動する生活も、起業も、アライアンスも、ジョイントも、テクノロジー活用も、スタートアップも、マインドフルネスも、ヨガも、ワークアウトも、食事も、サプリメントも…

ガンガン、試してきました。

しかし、そこに「直接的な」答えはありませんでした。

それらはシステム思考でいう「パラダイム」や「マインド」や「パラメタ」のようなもので、とても大切ではあるのですが、根本からは距離がありすぎました。

こう、根本原因の周囲を大量の情報がグルグルまわっているだけで、まるで中心に触れるのを避けているような感じなのです。

うまく言語化できないのですが、ゼロは無であり全であるという認識がない、そんなイメージです。もっというと「ゼロに直接ブッ刺す、何かが欠けている」そんな感じです。

おそらく、答えは「失われた言葉」です。

ヒントは、見える世界(正の世界)と見えない世界(負の世界)の両方にありました。

見える世界は、冒頭で引用したような「均質・画一的な文明」であり、見えない世界は「遺伝情報」や「集合意識」のようなものです。

均一的な個人主義と、全体主義的な同調圧力が、まるでアクセルとブレーキのように作用し、進化を阻みながら進歩しようとしていました。

その矛盾が、ある種の知性を育みはしたものの、ムダやゴミを大量に生み出しました。

この文明を閉じようと、すでに古い世代が「みそぎ」を開始しています。私たちは、このムダやゴミを資源として扱う「持続可能な」方法を、模索しなければならないでしょう。

奪い合いと次元問題

洞察:奪い合いと次元問題

世界の課題を解決するために、多くの提供者が「とにかく大量の情報をオーディエンスに提供する」というアプローチをとります。

情報とエネルギーの観点から、それは正しいと思います。

ですが、そうやっていつも「場所を奪い合っている」のであり、それは生存競争における「ポジション争い」です。これは、市場原理をベースとした、ストラテジー、スキーム、戦略、謀略などど呼ばれてきました。

いうなれば、私たちはゴミを詰め込みすぎて、ゴミ山の上で考えすぎています。

ゴミを資源として活用するのであれば、ゴミ山から離れて観察しなければ、よいアイディアはうまれないでしょう。

やっと、私が「ここ数年、何を詰め込んできたのか」ハッキリ理解しました。

能力開花と多次元性

洞察:能力開花と多次元性

冒頭の引用を書き換えてみます。

誰もが自分が気づかない潜在能力を持って、天才としてこの世に生まれ出るのだが、情報操作と支配構造によって奴隷になっていくのである。

では、なぜ、能力を開いていかないとダメなのか。

ここに重要なポイントがあります。よく、スピリチュアルや波動の世界では「生まれるときに、すべて忘れて生まれてくる」という表現をします。あれは、どういうことなのでしょうか。

私の意見では、畳み込まれた高次元情報を「削って」低次元領域に生まれてくるので、情報を「落として」きているからです。

つまり、私たちの才能開花のカギは「いかに高次元情報を低次元領域で表現するか」ということになり、そう考えるとフワフワしたスピ系の話も「全肯定」できます。

このあたりに「ゼロにブッ刺す何か」と「ゼロから引き出す方法」のヒントがありそうです。錬金術のコトバでいうと「賢者の石の錬成」とでもいいましょうか。

つまり、答えは「失われた言葉の使いかた」です。

集合意識のブロック

結論:集合意識のブロック

ついこの間まで、東洋の伝統主義は西洋の伝統を否定し、西洋の秘儀は東洋の秘伝と対立していました。しかし、そんなことも、もはや無意味です。

錬金術は、拝金主義、植民地主義、伝統主義によって地に落とされていました。しかし、錬金術の本質が今世界に顕現しています。それを否定していた団体ですら、そのアプローチを採用しています。

これは、本当に素晴らしいことです。

YouTube、本、情報商材などをリサーチすると、均一・均質なコピーばかりが目に入り、いくら稼げるとか、現実逃避系のトピックばかりが人気です。

これは、ワルイとかイイとか、そういうことではありません。善でも悪でもありません。闇と光の最終決戦などでもありません。夜の文明と昼の文明の転換というのは、戦いではありません。

私たちはそろそろ、ここを卒業しないと前に進めないのではないか、と思うわけです。

それこそが「集合意識のメンタルブロック」なのかもしれません。

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